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大阪高等裁判所 平成2年(行コ)33号 判決

神戸市中央区小野柄通七丁目一番一八号三宮ビル

控訴人

大竹貿易株式会社

右代表者代表取締役

上原満男

右訴訟代理人弁護士

田宮敏元

香山仙太郎

同区中山手通二丁目二番二〇号

被控訴人

神戸税務署長 小林博

右指定代理人

手﨑政人

森並勇

川﨑将

橋本稔

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人が昭和六〇年五月二三日付けでなした控訴人の昭和五七年三月一日から昭和五九年一二月三一日までの源泉徴収に係る所得税の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分中、別紙「源泉所得税及び不納付加算税」記載の本税額及び不納付加算税額を超える部分を取消す。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

事実

一  控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人が昭和六〇年五月二三日付けでなした控訴人の昭和五七年三月一日から昭和五九年一二月三一日までの源泉徴収にかかる所得税の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分をいずれも取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次のとおり当審における主張を付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決二枚目裏初行の「被告は、」の次に「昭和六〇年五月二三日付けで、」を加える。)。

1  当審における控訴人の主張

(一)  成正の住所について

成正は、わが国でも活動しているが、必ずしもわが国を活動の本拠にしているものではなく、そもそも生活の本拠である特定の場所が住所であって、ある国を活動の本拠にしていたとしても、その国が住所となるものではない。成正の住所は、香港ケインロード一一〇-一一八オンオフビルD-二二号であるから、成正は非居住者である。

(二)  確定税額について

(1) 確定税額は、徴税権の限界を画する重要な異議を有するものであるから、納税者にも明確に分かるように一義的に定められるべきであるところ、このことは源泉徴収等による国税など納税義務の成立と同時に特別の手続きを要しないで税額が確定する国税においても同様であり、むしろ、確定税額が一義的に明確であるからこそ特別な手続を要しないのである。そして、税額が確定するのは、納税義務成立の時、すなわち、給与支払の時であるから、税額が一義的に明確であるためには、受給者の申告に基づいて法律によって定められた計算方法で計算した額である必要があり、これを確定税額とすべきである。

このように解しても、次のとおり源泉徴収制度の趣旨に反するものではない。すなわち、支払者は、多数の受給者の税額を迅速に計算して納付しなければならないところ、受給者の申告にかかる課税要件は、公的機関の証明書によって証明されているのであるから、その真実性の蓋然性は高いうえ、右申告書は、受給者が所轄税務署長に対して提出するものであるところ(所得税法第一九四条)、支払者がこれを受理した日に当該税務署長に提出されたものとみなされるのであるから(同法第一九八条)、支払者はこれを実質的に調査する権限や訂正する権限を有しないのである。したがって、仮に申告に従って算出した税額が真実とは異なるとしても、その不利益は税務当局が負うべきであって、支払者が右申告書の真実性についてまでの責任を負うべき筋合いはない。そして、仮にこの税額が税務署長の調査するところと異なっていたとしても、小額所得者であればその弊害は少なく、小額所得者以外であれば確定申告が必要となるので、これに対し税務署長は更正又は決定して訂正できるのであるから、受給者の申告に基づく税額を確定税額としても、なんら不都合はない。

(2) これに対し、確定税額が客観的真実を課税要件として法律上計算した税額であると解すれば、後日の税務署長の調査を待たなければ確定税額が判明しないこととなり、税務義務成立の時(給与支払の時)に一義的に明確であるとはいえない。

また、支払者は、納税告知処分によって不足額の納税義務を負った場合に、その直後に支払われる受給者に対する給与等からこれを控除して実質的に自己の経済的負担を回避できると一応いいうるとしても、納税告知処分は数年後になされるのが通常であるから、受給者の死亡や退職等によってその直後に支払われる給与等から控除できずに支払者が経済的負担を回避できない場合があるのである。さらに、支払者が右のとおり納税の告知以後の給与からこれを控除したとしても、受給者がその返還を求めれば、これに応訴せざるをえず、仮に支払者がこれに敗訴すれば、支払者は受給者にも税務署長にもその納付税額の返還を求めることができなくなり、結局は受給者に課されるべき所得税を支払者が負担せねばならなくなり、支払者の受ける不利益は単なる事務処理上の経費に止まらず、理由なき不当な不利益を受けることとなる。

(3) したがって、支払者が源泉徴収すべき確定税額は、客観的真実を課税要件として法律上計算した税額ではなく、受給者の申告に基づいて法律によって定められた計算方法で計算して決定された税額である。

(4) そうすると、本件納税告知処分は、客観的真実を課税要件として法律上計算した税額を確定税額であるとしているから、違法であり、また、本来更正決定をすべきであるにもかかわらず、納税告知処分を適用するものであるから、憲法第八四条に規定する課税要件法定主義に反する。

(三)  成正の手続保障について

所得税法第二二二条は、支払者の受給者に対する求償権の行使を絶対的に保障しているから、支払者において納税告知処分に係る税相当額を被控訴人に納付したことを立証しさえすれば、納税告知の前提である確定税額の適法性を主張立証しなくとも、受給者においてこれを否認し、その請求を拒み或いは未払給与としてその損害の回復を求めることはできず、受給者としては、支払者の故意・過失による債務不履行責任或いは不法行為責任による損害賠償請求権とこれを相殺しうるに過ぎない。そうすると、支払者に帰責事由がなければ、たとえ納税義務がなっかとしても、受給者はこの求償から免れることはできないのであるから、受給者が支払者の請求を拒むことができることをもって受給者に憲法上の手続保障がされているということはできない。

(四)  認定利息について

支払者は、源泉徴収義務者として源泉所得税を納付する義務を負うから、支払者が納税義務の成立・確定の日たる給与支払日にその税額を天引きして納付せずに後日これを納付したとしても、支払者が不納付の責任を負い、受給者は、その間延滞税、利子税及び不納付加算税等の負担を要せず、支払者からの本税と請求後支払済みまでの年五分の割合による遅延損害金の求償に応ずれば足りるものとされている。そうすると、支払者が何時これを税務署長より徴収されたとしても、受給者は、税務署長に対してはもちろん、支払者に対してもその利息相当額を請求される謂われはない。したがって、このような利息相当額を支払者が受給者に供与したものということはできない。

(五)  不納付加算税について

昭和五七年三月三一日被控訴人が昭和五二年三月から昭和五七年二月までの成正の給与についてなした納税告知処分(以下「前件告知処分」という。)によって成正が「居住者」であるとの被控訴人の判断が示されたが、その後も成正が「非居住者」とする申告書を提出している以上、実質的審査権のない控訴人が、右申告に従って、徴収納税しなければならないのは当然である。また、控訴人は、前件告知処分に対して同年四月三〇日に異議を申立て、以後所定の手続を経て右納税告知処分の取消訴訟(以下「前訴」という。)を提起して争っているところ、仮に本件係争年分について成正を居住者として源泉徴収をするとすれば、前訴において請求の放棄をするに等しく、また、仮に前訴において勝訴したとしても、昭和五七年三月以降の本件係争年分の税額の計算を非居住者とする余地はなくなるのであって、被控訴人の前件告知処分にもかかわらず、控訴人が成正が「非居住者」であるとして源泉徴収をしたことは正当な理由があるというべきである。

2  当審における控訴人の主張に対する被控訴人の認否・反論

(一)  当審における控訴人の主張(一)は争う。成正は、日本国籍を有し、兵庫県芦屋市朝日ケ丘町二番一二号に不動産を所有して家族が同所に居住しているうえ、本件納税告知処分に係る期間、控訴人の代表取締役の地位にあって、控訴人に提出した出張費清算書において、海外譲航費の殆どすべてを大阪を発着地として計算しているのであるから、成正は国内に住所を有しており、「居住者」である。

(二)  同(二)は争う。国税通則法第一五条二項、三項の規定から、源泉徴収にかかる所得税の納税義務は、所得の支払のときに成立し、その成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定するのであるから、確定税額は、支払われた所得の額と法令の定める税率等から法律上当然に決定されることをいうと解すべきである。また、支払者が受給者及び税務署長双方に対して敗訴することはないから、支払者に不利益は生じることはない。

(三)  同(三)は争う。源泉徴収に関して租税法上国に対し直接的な法律関係に立つのは源泉徴収義務者たる支払者のみであり、源泉納税義務者たる受給者は、国に対し何ら法律関係に立たない。しかしながら、支払者が徴収すべき税額との受給者の徴収されるべき税額は一致することが予定されているから、受給者は、支払者からの求償に際し、自己の負担すべき源泉納税義務の存否・範囲を争ってその請求を拒むことができ、また、受給者は払者に対し未払給与の支払を請求することができるのであり、受給者の手続的保障に欠けるところはない。

(四)  同(四)は争う。

(五)  同(五)は争う。

三  証拠関係は、原審及び当審訴訟記録中の書証目録に各記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  成正の住所について

被控訴人は、昭和五七年当時の成正の住所は国内における生活の本拠である兵庫県芦屋市朝日ケ丘町二一番一二号であるから「居住者」(所得税法第二条第一項第三号)であるとして本件告知処分を行ったが、控訴人は、同人の住所は香港ケインロード一一〇-一一八オンオフビルD-二二号であるから「非居住者」(同条項第五号)である旨主張する。

成立に争いのない乙第四号証の一ないし一七、第五号証の一ないし三、第六号証の一、二、第一二ないし一七号証、弁論の全趣旨によって真正に成立したものと認められる乙第九号証及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  成正は、昭和五七年当時テレビ・ステレオ等の製造等を営む関連会社(いわゆるオリオングループ)の統括者であって、右関連会社の製造した製品の輸出貿易を営む控訴人の代表取締役の地位にあったため、右事業の性質上日本国外に滞在することが多く、原判決別表6のとおり出入国を繰り返していた。成正の国内外の滞在日数は、原判決別表7のとおりであって、成正は昭和五七年のうち、国内に一八五日間、国外に一八〇日間滞在して国内滞在日数の方が多く、しかも国外滞在の場合にもヨーロッパ、アメリカ及びアジアの多くの都市に短期間滞在しており、とりわけ控訴人が住所地と主張する香港には年間を通じてわずか五日間しか滞在していなかった。

2  成正は、日本国籍であって兵庫県芦屋市朝日ケ丘町二四二番地に本籍を有し、同町二一番一二号に宅地四九五平方メートル及び住居(以下「芦屋住居」という。)を所有し、昭和五七年中同人の妻大竹初枝及び長女大竹まやが居住していた。また、兵庫県芦屋の住宅地図においては、芦屋住居の所在地には「大竹成正」との表示がなされている。

3  控訴人は、その本店所在地が神戸市中央区であるにもかかわらず、契約者として右芦屋住居に電話機を設置しているが、右加入電話は、電話帳において「大竹成正」と表示されている。

4  成正が海外渡航に際し控訴人に提出した出張費清算書において、その「発地」及び「着地」はほとんど大阪と記載されており、同人の海外渡航空費は、ほとんど全て大阪を発着地として計算されている。

以上認定の事実によれば、昭和五七年当時、成正は芦屋住居に財産を所有していたところ、同所は同人の妻子の生活の本拠であると共に、成正の住所としての外形を備えていたうえ、夫婦は特段の事情がない限り同居しているものと推認されるところ、本件において右特段の事情を認めるに足りる証拠はない。そして、成正は、頻繁に出入国を繰り返しているものの、国内滞在日数の方が国外滞在日数より多いうえ、控訴人において「大阪」を発着地として旅費計算をしていること及び同人の地位に照らせば相当期間国内に居住することが必要とされるものと推認されることなどをも併せ考慮すれば、成正は、芦屋住居を生活の本拠にしていたものと認めるのが相当であるから、同人は同所に住所を有するものというべきである。

したがって、成正の住所は国内にあるから、成正は所得税法第二条第一項第三号にいう「居住者」に該当する。

よって、本件納税告知処分において成正が「居住者」であるとしたことは、何ら違法ではない。

三  本件告知の憲法適合性について

控訴人は、確定税額が支払の際に受給者の申告に基づいて法律に定める計算によって自ずから決定される税額であることを前提に、本件納税告知処分が違法、違憲である旨主張する。

1  そこで、源泉徴収の法律関係、すなわち課税権者たる国と、源泉徴収義務者たる支払者及び源泉納税義務者たる受給者の三者の法律関係について検討するに、右法律関係は、最高裁判所昭和四五年一二月二四日判決(民集二四巻一三号二二四三頁)が詳細に判示しているとおりであって、大要、次のとおりと解される。すなわち、(一)源泉徴収所得税を徴収して納付する義務は納税義務であり(国税通則法第一五条第一項)、支払者が納税者の地位に立つ(同法第二条第五号)。(二)源泉所得税の納税義務は、所得の支払の時に成立し(同法第一五条第二項第二号)、その税額は、右成立と同時に特別の手続を要しないで確定する(同条第三項第二号)。(三)支払者は、源泉徴収をすべき所得を支払う際、法定の所得税を徴収し、法定納期限までに国に納付しなければならない(所得税法第一八一条以下)。(四)徴収義務者たる支払者が法定納期限までに右税を納付しないときは、税務署長は、支払者に対する納税告知によりこれを徴収するが、(同法第二二一条、国税通則法第三六条第一項第二号)、右納税告知処分は課税処分ではなく、徴収処分であり、徴収の一段階としての履行の請求である。(五)支払者は、源泉徴収所得税の徴収・納付義務の存否又は範囲を争って納税告知処分に対する抗告訴訟を提起しうるほか、これに併せて、又は別個に右徴収・納付義務の全部又は一部の不存在確認の訴えを提起することができる。(六)支払者が源泉徴収をしていなかった場合において、右(四)により徴収され、又は期限後に納付したときは、受給者に対して、その税額に相当する金額を事後の支払分から控除するか、又は右金額を求償することができる(所得税法第二二二条)。(七)右(四)の納税告知処分は、徴収処分であって、支払者の納税義務の存否・範囲は右処分の前提問題たるにすぎないから、支払者においてこれに対する不服申立をせず、又はこれをして排除されたとしても、受給者の源泉納税義務の存否・範囲にはいかなる影響も及ぼすことはできず、したがって、受給者は、支払者から(六)の求償権の行使を受けた時は、自己において源泉納税義務を負わないこと、又はその範囲を争って、支払者の請求の全部又は一部を拒むことができ、また、右の次の支払分から控除を受けた時は、残余の支払のみでは債務の一部不履行であるとして、右控除にかかる債務の履行を請求することができる。

2  ところで、前記1の(二)のとおり源泉徴収にかかる税額は、右成立と同時に特別の手続を要しないで確定するとされているところ、国と直接の関係に立つのは支払者であって、本来の源泉納税義務者たる受給者は、国と直接の関係に立つものではなくは、源泉徴収にかかる所得税は、いかなる場合においても支払者のみから徴収され、たとえ受給者が源泉徴収を受けていない場合においても、源泉徴収もれの税額が確定申告を機会に受給者から直接徴収されることはないうえ、支払者の徴収すべき税額と受給者の徴収されるべき税額とは一致するのであるから、右確定税額は、真実の課税要件に従って法律上算出された税額というべきである。

3  控訴人は、納税義務の成立と同時に特別の手続きを要しないで税額が確定する国税においては、確定税額は、納税者にも明確に分かるように一義的に定められるべきところ、受給者の申告が公的機関の証明書によって証明されており、一般にその真実性の蓋然性は高いうえ、支払者がこれを実質的に調査する権限はなく、又これを訂正する権限を有しないのであるから、確定税額は、受給者の申告に基づいて法律によって定められた計算方法で計算した税額であり、支払者に課さられる納税義務もこの確定税額である旨主張する。

なるほど、前記のとおり所得の支払の時に納税義務が成立し、それと同時に特別の手続を要しないで納付税額が確定するとされているから、源泉徴収の対象や徴収納付すべき税額についての認定判断が一義的に明確に、かつ容易になされるのが望ましいことはいうまでもない。

しかしながら、当該個人が居住者であるのか非居住者であるのかは、同人が居住者としていわゆる無制限納税義務を負うのか、非居住者として国内源泉所得に限り納税義務を負うのかという、極めて重要な相違をもたらすものであるところ、居住者であるか非居住者であるかは、受給者の申告事項ではなく、支払者によって判断されるべき事項であり、しかも、支払者は、通常、業務を通じて受給者の国内外の滞在状況、勤務形態、国内外における住所等について把握しているから、通常一義的に明確であると考えられ、本件においても前記二認定の事実に照らせば、成正が香港を住所とする後記扶養控除等申告書を提出していたとしても、成正が居住者であることは明らかであったというべきである。

そして、支払者は、前記のとおり当該支給日に源泉徴収をしていなかった場合において、その後徴収され、又は期限後に納付したときは、受給者に対して、その税額に相当する金額を事後の支払分から控除するか、又は右金額を求償することによって、不納付に伴う財産的損害を填補することができるから(所得税法第二二二条)、支払者に不利益を課することにはならないのである。

なお、この点について控訴人は、支払者は受給者の退職や死亡によりその納付税額の求償ができない場合や訴訟の結果受給者にも税務署長にもその納付税額の返還を求めることができない場合があって、結局は受給者に課されるべき所得税を支払者が負担せねばならなくなる不利益を受ける旨主張するけれども、支払者は、前記のとおり法律上受給者に対しその納付税額の求償するなどして不納付に伴う財産的損害を補填することができるうえ、前記1の(五)のとおり源泉徴収所得税の徴収・納付義務の存否又は範囲を争って納税告知処分に対する抗告訴訟を提起しうるほか、これに併せて、又は別個に右徴収・納付義務の全部又は一部の不存在確認の訴えを提起することができるが、右各訴訟の際に受給者に訴訟告知をするだけでその危険を回避することができるから、右主張は採用できない。

4  そうすると、確定税額が支払の際に受給者の申告に基づいて法律に定める計算によって自ずから決定される税額であることを前提として本件納税告知処分が違法、違憲である旨の控訴人の主張は、その前提を欠き、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四  成正の手続保障について

控訴人は、支払者において納税告知処分にかかる税相当額を被控訴人に納付したことを立証さえすれば、納税告知の前提である確定税額の適法性を主張立証しなくとも、受給者においてこれを否認し、その請求を拒み或いは未払給与としてその損害の回復を求めることはできないから、受給者の憲法上の手続保障があるとはいえない旨主張する。

1  源泉徴収の課税権者、支払者及び受給者三者間の法律関係は、前記三の1で認定したとおりであって、納税告知処分は徴収処分であり、支払者の納税義務の存否・範囲は右処分の前提問題に過ぎないから、受給者の源泉納税義務の存否・範囲にはいかなる影響も及ぼさないのである。したがって、受給者である成正は、支払者である控訴人から納税告知にかかる税相当額について求償権の行使を受けた際、自己の源泉納税義務を否認し、又はその範囲を争って、支払者の請求の全部又は一部を拒むことができ、また、控訴人が後に支給される給与から右税額相当額を控除した時は、成正は、残余の支払のみでは給与債務の一部不履行であるとして、右控除にかかる債務の履行を請求して、その損害を回復すくことができるのである。したがって、本件納税告知処分について、成正の手続保障に欠けるところはないというべきである。

2  控訴人は、所得税法第二二二条は、支払者の受給者に対する求償権の行使を絶対的に保障しているから、納税告知の前提である確定税額の適法性を主張立証しなくとも、受給者においてこれを否認し、その請求を拒み或いは未払給与としてその損害の回復を求めることはできない旨主張するが、前記のとおり納税告知処分は徴収処分であって、支払者の納税義務の存否・範囲は右処分の前提問題に過ぎず、受給者の源泉納税義務の存否・範囲にはいかなる影響も及ぼさないのであるから、支払者は、右求償権の行使の際にその適法性を主張立証しなければならないのであって、受給者が真実納税義務を負わないのであれば、受給者はこの求償から免れることができるのである。したがって、控訴人の右主張は到底採用できない。

五  認定利息について

被控訴人は、控訴人が納付した昭和五七年三月三一日付け納税告知処分(以下「前件告知処分」という。)による税額合計二二四五万〇九五六円につき、控訴人が成正に請求しないことにより、年一〇パーセントの割合による利息相当額の経済的利益供与があったから、これを利息として認定し、右認定利息についても源泉徴収すべきであるとして本件納税告知処分を行ったのに対し、控訴人は、控訴人から成正への経済的利益給与はない旨主張する。

1  昭和五七年三月三一日付けで控訴人が被控訴人から昭和五二年三月から昭和五七年二月までの成正に対する給与につき源泉所得税二二四五万〇九五六円の納税告知処分を受け、昭和五七年四月三〇日に右税額を納付したこと及び控訴人が右金額及びその後に毎月発生した徴収不足額を、以後成正に支払うべき給与から控除せず、同人に対する仮払金として処理し、以後、同人に対し請求しないまま会計処理上も未収利息として計上していないことは、当事者間に争いがない。

2  そして、成立に争いのない乙第一ないし第三号証及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、前記のとおり昭和五七年四月三〇日に右税額を納付するのと同時に、前件告知処分に対し異議申立をしたが、これが棄却されたこと、控訴人は、国税不服審判所長に審査請求をしたが、これも棄却されたこと、そこで、控訴人は、前訴(神戸地方裁判所昭和五九年(行ウ)第六号源泉所得税納税告知処分等取消請求事件)を提訴したが、本件納税告知処分当時(昭和六〇年五月二三日)、前訴は一審係属中であったこと、前訴は、昭和六〇年一二月二日原告(控訴人)敗訴の判決が言い渡され、昭和六一年九月二五日控訴棄却となり、昭和六三年七月一三日上告棄却により確定したことが認められる。

3  ところで、支払者は所得税法第二八条第一項に規定する給与等を源泉徴収すべき義務があるところ(同法第一八三条)、同法第二八条第一項によれば、「給与所得とは、俸給、給料、賃金・・・並びにこれらの性質を有する給与にかかる所得をいう。」とされ、また、各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額には金銭以外の権利又はその他経済的な利益の価額(同法第三六条第一項括弧書)が含まれる。

そこで、控訴人が、源泉徴収していなかった所得税を税務署長に納付したから、右税額に相当する金額を成正に求償できるにもかかわらず、控訴人が仮払金として計上してその求償をしていないことにより、成正が毎月利息相当額の経済的な利益の供与を受けたと見ることができるか否かについて検討する。

(一)  まず、前記三の1で認定したとおり源泉徴収による所得税の納税者は、支払者であって、受給者ではないから、不納付加算税等の附帯税を負担すべき者は、納税者たる支払者であり、支払者は、右附帯税相当額を受給者に求償することはできず、その後支払うべき給与から本税相当額及びこれについて納付した日の翌日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を控除し、又はこれを求償できるにすぎない(前掲最高裁判決参照)。そうすると、支払者によって本来給与支払の時に源泉徴収されるべき税額を源泉徴収されず、後日、支払われる給与から控除され、又は求償された場合、受給者は、源泉所得税の納税が延引することにより相応の経済的利益を得るのであるが、右経済的利益のうち支払者に交付すべき利益は、本税相当額について納付した日の翌日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金に相当する利益に止まり、それ以上の利益が生じていたとしても、これを交付する必要はないのである。そうすると、控訴人が国に納付した納付税額を成正に求償しないために成正が右金額をを手元に留保することによって何らかの経済的利益を有していたとしても、成正が控訴人に交付する必要のない経済的利益の部分については、もともと控訴人が右に相当する額の利益を失ったものとはいえず、また、逆に成正が控訴人に交付すべき経済的利益(納付税額について納付した日の翌日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金)については、控訴人は、後日請求して右利益を回収することができるから、控訴人が右請求権を確定的に放棄する等しない限り、成正は右利益を得たとはいえないものというべきである。

(二)  そこで、控訴人が成正に対し、成正が控訴人に交付すべき金員を手元に留保することによって得ている経済的利益を供与したといえるか否かについて検討する。

前記のとおり受給者は支払者に対し本税相当額について納付した日の翌日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、支払者は、仮に後日請求したとしても右利益を回収することができると解されるところ、弁論の全趣旨によれば、控訴人が本件告知当時請求をしていないことは明らかである。

そこで、控訴人が右請求をしないことによって確定的に右請求権を放棄し、成正の右支払義務を免除したと認められるかについて検討するに、前認定の事実によれば、控訴人は、成正を「居住者」として源泉徴収すべきであるとする前件告知処分を争って訴訟を提起しており、成正が居住者であることが確定するまで成正に対し納付税額を請求すべきものではないとの見解の下に請求していなかったものと推認され、本件告知当時、控訴人が成正に右請求をしない理由は、控訴人の立場からすれば必ずしも首肯しえなくはないところである。また、控訴人は、前認定のとおり前件告知処分にかかる源泉所得税合計二二四五万〇九五六円を成正に対する「仮払金」勘定で会計処理しているが、前件告知処分につてい異議の申立や前訴を提起して争っており、未だ確定していなかったのであるから、控訴人の会計処理上暫定的な処置として仮払金勘定で計上したことが不自然、不合理なものということはできず、右会計処理が貸付を仮装したものとは認められない。したがって、本件告知当時、控訴人が成正に対し前件告知処分に基づく納付税額及び利息相当分につき求償権を行使しないことが確定していたものとはいえず、今後訴訟人が成正に対し右請求をする余地があり、その場合は右経済的利息は存在しなくなるのであるから、本件告知当時、右経済的利益を供与したということはできない。

なお、被控訴人は、控訴人が会計処理上未払利息を計上していないから、控訴人において利息分につき免除する意思が明確である旨主張するけれども、仮払金勘定においては、貸付金を前提とする未払利息を計上することは不可能であるから、会計処理上未払利息を計上していなかったからといって、本件告知当時、控訴人が将来求償する時に利息分につき免除する意思が明確になっていたとは認めがたく、右主張は採用できない。

(三)  そうすると、本件告知当時、控訴人が納付税額を成正に請求していないとしても、控訴人が成正に納付税額の利息相当額を手許に留保することによる経済的利益を給与したと評価することはできないというほかはない。

4  したがって、本件納税告知処分のうち、昭和五七年三月から同年一二月まで成正の給与に認定利息を加算して算出した部分及び昭和五八年一月から昭和五九年一二月まで右認定利息のみを給与として算出した部分は、いずれも違法であって取消を免れない。

ところで、弁論の全趣旨によれば、成正の昭和五七年三月から同年一二月までの社会保険控除後の給与額が月額金一六一万〇四一〇円であり、既納付税額が毎月金三三万円であること及び昭和五八年一月から昭和五九年一二月までの給与額及び既納付税額が〇円であることが認められるから、徴収すべき源泉所得税額は別紙「源泉所得税額及び不納付加算税額」記載の「源泉所得税額」欄記載のとおり昭和五七年三月から同年一二月まで月額金一三万四七九六円であり、昭和五八年一月から昭和五九年一二月まではいずれも〇円である。

六  不納付加算税について

1  控訴人が本件告知の税額を法定納期限までに納付しなかったことは、当事者間に争いがない。

2  源泉所得税が法定納期限が法定納期限までに納付されなかった場合には、支払者から不納付加算税を徴収することとされているが(国税通則法第六七条第一項)、不納付加算税は、「当該告知又は納付に係る国税を法定納期限までに納付しなかったことについて正当な理由があると認められる場合」には徴収されない旨規定されている(同項但書)ところ、控訴人は、支払者は、受給者が提出した申告書について実質的審査義務までは負わないから、これに従って納付している限り、仮に不納付があるとしても、正当の理由があるから不納付加算税を徴収すべきではない旨主張するので検討する。

3  ところで、所得税法は、給与所得について源泉徴収すべき所得税額の算出の基礎とされる居住者の扶養控除等について、「支払者は、扶養控除等申告書に規定する控除対象配偶者・・の有無及びその数に応ずる税額」を源泉徴収すべき旨を規定し(同法第一八五条第一項第一号)、また、右申告書は、受給者が所轄税務署長に対して提出するところ(同法第一九四条)、「支払者がこれを受理した日に当該税務署長に提出されたものとみなされる。」と規定している(同法第一九八条)から、源泉徴収義務者たる支払者は、受給者が提出した申告書について形式的審査義務は負うが実質的審査義務までは負わず、右要件の充足について実質的に調査する権限を全く有しておらず、受給者から提出された扶養申告書に記載された内容に応じて計算した金額を源泉徴収すべきものとされている。したがって、支払者は、受給者の申告に従って扶養親族等に該当するものとして扶養控除等して納付している限り、後に税務署長の調査等により扶養親族等に該当しないことが判明したため、納税告知を受けたとしても、この告知にかかる税額を法定納期限までに納付しなかったことについて正当の理由があると解される。

しかしながら、所得税法上、納税義務者が居住者か非居住者によって課税の方法が異なっているが、居住者か非居住者の区別については、右のような規定がないうえ、前記三のとおり支払者は、通常、義務を通じて受給者の国内外の滞在状況、勤務形態、国内外における住所等について把握しているから、実質的な判断をなすことが可能であって、これをさせたとしても不合理とはいえないから、受給者が居住者か非居住者かは、源泉徴収義務者として支払者において判断すべきものであり、支払者の右判断にあたって、受給者の申告が有力な参考資料となるとしても、これに従っていたことのみをもって、不納付につき正当な理由があるとはいえないものというべきである。

4  これを本件について検討するに、原本の存在と成立につき争いのない甲第一号証の一、二、成立に争いのない乙第六号証の一、二、官署作成部分の成立につき争いがなく、弁論の全趣旨によりその余の部分の成立を認める甲第四号証及び弁論の全趣旨によれば、成正は、控訴人に対し、昭和五二年分以降、同人が香港ケインロード一一〇-一一八オンオフビルD-二二号に在住する旨記載した「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」を提出したため、控訴人は成正を「非居住者」として源泉徴収していたこと、本件係争年分についても、成正は控訴人に対し香港の右住所を住所とする「昭和五七年分給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」を提出したこと、右住所については、成正が同所に在留している旨の在香港日本国総領事作成の在留証明書が発行されていること、ところが、被控訴人は、昭和五七年三月三一日付けで控訴人に対し、昭和五二年三月から昭和五七年二月までの成正の給与について成正を「居住者」として源泉徴収すべきであるとの見解の下に、不納付税額について前件納税告知処分を行ったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そうすると、控訴人が、当初、成正が非居住者であるとして源泉徴収したのは、成正の右申告に従ったものであり、これについては公的機関の証明書によって証明されているとしても、控訴人は、その代表者たる成正の前記国内外の滞在状況、とりわけ成正が住所と主張する香港の滞在日数、勤務状況、出張旅費の清算方法、芦屋住居の存在等について認識し、控訴人が契約者となって電話帳には成正名義で掲載されている電話を芦屋住居に設置するなどしたうえ、被控訴人からなされた前件告知処分によって、被控訴人が成正を「居住者」と判断していることを知ったのであるから、昭和五七年三月以降の源泉徴収にあたっては、成正を居住者として源泉徴収することが可能であったというべきである。

なお、控訴人は、前件告知処分を不服としてこれに対して同年四月三〇日に異議申立をし、以後所定の手続を経て右納税告知処分の取消訴訟(前訴)を提起しており、仮に控訴人において本件係争年分について成正を居住者として源泉徴収をするとすれば、前訴における自己の主張と矛盾する行動として、その請求の放棄をするに等しく、また、仮に前訴において勝訴したとしても、本件係争年分(昭和五七年三月以降)については、税額の計算を非居住者とする余地はなくなる旨主張するけれども、前記成正の住所についての事実関係に照らせば、前訴を提起したから過失がないというものではなく、他の方法を採る余地もあるから、これをもって正当な理由とすることはできないというべきである。

そうすると、控訴人において成正を非居住者として源泉徴収をしたことに国税通則法第六七条第一項但書所定の「正当な理由」はないから、不納付税額について控訴人に対し不納付加算税を賦課することについて、なんら違法な点はない。

5  もっとも、前記五のとおり本件係争年分の認定利息に係る納税告知処分は取消を免れないから、これについて不納付加算税を徴収することができないことは当然である。そうすると、控訴人から徴収すべき不納付加加算税額は、別紙「源泉所得税額及び不納付加算税額」の不納付加算税額欄記載のとおりとなる。

七  してみれば、本件告知及び本件決定のうち本件係争年分の認定利息に係る納税告知処分及び不納付加算税賦課決定処分は違法であるからこれを取り消すべきであり、その余は正当というべきであるから、控訴人の本訴請求は、本件納税告知処分及び不納付加算税賦課決定のうち別紙「源泉所得税額及び不納付加算税額」記載の各税額を超える部分の取消を求める限度で理由があり、その余は失当として棄却を免れない。

よって、これと一部結論を異にする原判決を右の趣旨の下に変更することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第九六条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠原幾馬 裁判官 寺﨑次郎 裁判官 永松健幹)

(別表)

源泉所得税額及び不納付加算税額

〈省略〉

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